九谷焼ファン

再興期の主な窯元

春日山窯

 

かすがやまがま。1806-1820年頃。
古九谷窯廃絶後、加賀地方では製陶が行われず、窯業再興の先鞭をつけた一つが金沢の春日山窯です。
特色は、呉須赤絵写しが最も多く、交趾写し・絵高麗写し・青磁・染付などがあり、器種は、鉢・皿・向付・徳利などの日用品が大部分である。銘は、「金城製」「春日山」「金城春日山」「金府造」「金城文化年製」などがあります。

 

 

若杉窯

 

わかすぎがま。1811-1875年頃。
能美郡若杉村(現小松市若杉町)に興った陶業です。
作品は、量産方式による日用雑品が中心でしたが、のち大いに改良されました。伊万里風で運筆の速度の面白さを見せたものや、古九谷にならった絵付けのものもあります。銘は、二重角の中に「若」の字を書いたもの、その書き方が反対になっている通称左「若」といわれるもの、その他「若杉山」「加陽若杉」と記されたものをまま見ることがあるが、無銘のものも多いです。

 

 

民山窯

 

みんざんがま。1822-1844年頃。
春日山窯が1818年頃に廃絶したのを惜しみ、加賀藩士武田秀平(号民山)が、1822年頃に若杉窯より本多貞吉の高弟山上松次郎や小松の鍋屋吉兵衛等を招いて開いた窯です。
特色は、赤の細描風な筆致にあり、一部に金彩や色絵の彩色を加え、後年の宮本屋窯の八郎手の先駆をなしています。素地は淡い赤褐色の磁胎で全体に荒い貫入があり、上質のものとはいえないものが多い。銘は「民山」で、角福その他の文字は一切使用していません。

 

 

吉田屋窯

 

よしだやがま。1823-1831年頃。
吉田屋窯は、大聖寺の豪商で、博学多趣味の文化人、豊田伝右衛門(とよだでんえもん)が古九谷窯跡の地で開いた窯です。
吉田屋とは豊田氏の屋号で、大聖寺の家柄町人であり、当の伝右衛門は四代目。
作品は、実に広範囲にわたり、芸術的鑑賞品というべきものと、量産方式による日用品とが実にうまく併用して経営が行われている。銘は、古九谷同様、角「福」字銘が圧倒的に多い。いずれにせよ芸術的鑑賞に十分にたえうる作品を焼成した近世後期の有数な窯として、広く日本に知られている名窯です。

 

 

宮本屋窯

 

みやもとがま。1832-1859年頃。
吉田屋窯が天保2(1831)年に休窯し、もと吉田屋窯の支配人であった宮本屋宇右衛門(みやもとやうえもん)が、これを買収して同3年(1832)に再興したのが宮本屋窯です。飯田屋八郎右衛門(いいだやはちろうえもん)が主工となって絵付けに主力を注いだことから、この窯の赤絵細描の画風を「八郎手(はちろうで)」または「飯田屋」と呼んでいます。作風は、赤の細密描法が中心ですが、さらに金彩を施した精美な赤絵金襴手や色絵を着画したものも見られます。また、吉田屋窯時代からの手法を受けついだ、緑・紫・黄の三彩を主調とした青九谷系のものもあり、それらは主として花鳥、草花文様が中心をなしています。銘は、角「福」字が多く、末期には長い角の中に「九谷」と書いたものが見られます。

 

 

蓮代寺窯

 

れんだいじがま。1847-1865年頃。
小松の松屋菊三郎が主宰し、粟生屋源右衛門(あおうやげんえもん)とともに能美郡蓮代寺(現小松市蓮代寺町)の地で開いた窯です。特色は、初め土混じりの多い陶器質の素地のものが多く、出来も余りよくなかったが、後になって次第に改良され、白磁の素地に五彩で絵付した呉須赤絵風のものや、古九谷写しの作品を生産するようになっています。
慶応年間になって廃窯しましたが、ここにいた陶工達は、それぞれ八幡、大聖寺、山代等に分離し、明治九谷の基となる新窯をそれぞれ築いています。

 

 

松山窯

 

まつやまがま。1848-1872年頃。
嘉永元年(1848)、大聖寺藩は江沼郡松山村(現加賀市松山町)の山本彦左右衛門に命じて松山に陶窯を築かせ、小松の粟生屋源右衛門、松屋菊三郎等を招き、九谷村の旧知および吸坂村などから原料をとり、主として藩の贈答用品を作らせたのが松山窯の始まりです。特色は、吉田屋窯の作風を踏襲し、赤を使用しない青九谷四彩物ですが、紺青は不透明な花紺青、緑は黄味が多く、紫はやや赤味がかかっています。

 

 

永楽窯

 

えいらくがま1865-1870年頃。
大聖寺藩が山代町で九谷窯の復興を図るため三藤文次郎(みふじぶんじろう)と藤懸八十城(ふじかけやそじょう)に資金を貸与して、宮本窯を 再開させたのが、この窯の始まりです。
藩は主工に、京都の永楽和全(えいらくわぜん)を招請しています。作風は鮮麗で、伊賀、南蛮、朝鮮、唐津写しや呉須赤絵、万暦赤絵等、現在の九谷焼に 新しい技法と感覚を残しています。

 

 

小野窯

 

おのがま。1819-1870年頃。
能美郡小野村(現小松市小野町)の藪六右衛門(やぶろくえもん)が始めた窯。特色は、赤絵細描のものや、それに黄緑・緑・紺青・紫などの絵の具を加えたもの、金彩を施したものが主体。
また、赤は少し黒味をおびているのが特徴です。画題は、南画に見るような山水人物・竹林人物・風景・龍・鳳凰・鶴・菊・牡丹などが好んで描かれ、繊細優美な趣により、小野窯の作品をとくに「姫九谷」の名で呼ぶこともあります。銘は角の中に「小野」字を書いたものが見られ、また無銘のものも多い。